
Lv70 或る春の話
また来るね――と笑って手を振り部屋を辞したララフェル族の女を渋い顔で見送って、俺は溜息を一つ漏らした。
ヒュダトス帯、バル島調査隊暫定本部の一室――調査隊長執務室である。
部屋の扉を開けばまず目に付くのは正面の大窓。それを背にする形で執務机があり、その手前に来客用のローテーブルと、それを挟む形でルガディン族が二人並んで座っても余裕があるサイズのソファが二台。そのソファの背後、部屋の両サイドにあたる壁にはそれぞれ、いまだ空きが目立つ資料棚と、長らく使われていない暖炉がある。どれもこれも、残留物から使えるものをかき集めてどうにか応接の体裁を整えるに至ったハリボテだ――そのありさまは、ある意味ではこの部屋の主に似合いであると言えよう。
そんな部屋に、硬質なノックの音が響く。暖炉側のソファに座ったまま入室を促すと、扉を開けたのは浅く日焼けした肌を持つヒューラン族の女だった。
「失礼しまー……およ。アルファさん帰っちゃったんすか? 資料借りるついでに挨拶してこうと思ったんすけど」
「行き違いだな。奴が置いていった菓子なら好きに持っていけ」
「嫌ですよ。それはエジカくんが大事に食べてください。アタシらはアタシらの分、別口で受け取ってますんで」
妙に馴れ馴れしい崩れた敬語を繰るこの女は、バルデシオン委員会の生き残りの一人であり、クルルが本国から派遣してきた秘書だ。態度の軽さに反して仕事は早く的確で、忌々しいことに、非常に助けられている。
バルデシオン委員会、代表代行、その、バル島における名代。
ひいては、バル島復興調査隊、隊長代理。
そんな胡乱な肩書きが、俺、エジカ・ツンジカの現在の立場だった。
◆
後始末は任せろ、などと大見得を切ってみせたものの。
研究ならいざ知らず、組織運営や海千山千の商会との折衝などまるで不慣れであることはすぐに露呈した。それを見透かされていたかのようにクルルの手配は実に速やかであったし、かの英雄は事あるごとに様子を見に島を訪れる。
任せろと言ったのに、信用もされていないのか――などと臍を曲げること自体、満足な仕事ができていない以上は筋違いな反応であるし、何より、
「あいつは……暇なのか?」
貴様にしかできない役割があるだろう、と送り出したというのに、何か別のことに取り組んでいる様子はまるで見られない頻度でこの島にやってくる。一度ならず直截に問い質してみたこともあるのだが、ある日、
――今は、わたしにできることは、ないんだ。でも、きっともうすぐ、大変になる――
などとはぐらかされてしまった。その様子があまりに悲痛で、しかしその先を見据える目は確信に満ちていたものだから、そこで引き下がらざるをえなかった。
「いやあ、アタシが思うに」
別に話しかけたわけでもなかった、つい口をついて出た独り言を律儀にも拾って、秘書は口を開く。
「ずばり、あれはエジカくんに惚れていると見ましたね!」
わざわざこちらに振り向いてウインク、口元に手を添えての決めポーズだった。
「…………」
「……ちょっと、何か言ってくださいよ。アタシがスベったみたいじゃないですか」
みたい、ではなく言い訳のしようもなく滑っているのだと伝えるのと伝えないのとでは、どちらが痛手になるだろうか。
「碌な娯楽のないこんな僻地へ飛ばされたことには同情するがな、身近な人物を材料にその手のゴシップで楽しむ精神性はどうかと思うぞ」
「おおっと、これは大正論」
降参降参、と軽く両手を挙げて首を振り、そのまま棚へと向き直って厚手のファイルを一冊抜き取る――おい、妙に迷いのない手捌きだが、まさかさっきの馬鹿げた台詞を言う方を優先したのか?
「まーご心配なく。バル島の仕事は相当タフで十分に面白いっすよ。んじゃ失礼しましたー」
「……ああ」
扉が閉まる軽い音がやけに響く。独りになった部屋で、ララフェルの身にはいささか大きすぎるソファにずるずると沈み込むように体を預けて、天を仰いだ。
――あれはエジカくんに惚れていると見ましたね!――
――また来るね――
「くだらん……そのような関係ではないさ……」
咄嗟に答えることができなかった言葉が今になって零れ落ち、そのまま虚空に溶ける。
それを拾う者は、今度こそいない。
◆
「貴様、そこまで暇なら仕事をする気はあるか」
現在のバル島からは、創神エウレカの脅威は真の意味で取り除かれている。だが、だからといってめでたく仕事終了、全員撤収、という結末には程遠い。
理由は二つ。第一に、もとよりこの島に再び人が足を踏み入れる契機となったのは、東アルデナード商会とロウェナ商会――要するに、強欲なエオルゼア商人共――が、ひんがしの国が自国保護のために設定しているクガネの入港税をどうにか踏み倒せる交易拠点を作ろうとする悪巧みであったことだ。
仮称エウレカとしていたこの島を、バルデシオン委員会が正式に権利を有するバル島であると定めた後も、隙あらば商会に有利な条項を裏に表に捩じ込んでこようとする手練手管には辟易している。かといって、あまりに強硬な態度に出過ぎれば目無しと判断されて資金を引き上げられ、こちらの首が回らなくなるという微妙な立場にある。
現状は「港とそれに付随する施設は貿易船が入れる規模に拡充するし、その優先利用権は付与するが、その実現のためにも島内環境の安定化は急務であり、そのための調査を継続、優先する」というひとまずの合意に至ったところである。
第二に、バル島がかつてバルデシオン委員会の本拠地であったことだ。
委員会そのものとすら言える様々な知的財産――研究・観測データ、貴重な文献や論文、機材に設備――バル島の消滅とともに永遠に喪われたことで、これまでに蓄積した歩みが大いに後退したと考えられていたものが、思いがけず再び現れたのだ。これらを回収することは、今後の委員会のために是が非でも成さなければならない事業であった。
本部塔に遺されていたものはまだいい。結界に覆われていたおかげで傷みもほぼ見受けられず、多少の乱れこそあれ所在がはっきりしている以上は「持ち出しが大変である」程度の問題に留まるからだ。
しかしバル島の各所には観測拠点となる建物が点在しており、それらに関しては今や危険地帯に成り果てているということもあって手つかずの場所だらけだ。故に定期的に護衛の冒険者を雇い、小規模な回収班を派遣するのも、今のバル島の日常の一幕である。
またしても予告無しにふらりと現れた冒険者に、そんな長々とした事情を説明して協力を打診してみれば、
「色々動いてるんだねえ、勿論いいよ」
などと、実に気楽に承諾されたのだった。
◆
冒険者と二人、雪上を歩く。今日の目的地は島内エーテライトの設置が叶わなかった、パゴス帯の遠方である。
前を歩く冒険者の足取りは、まるで我が家の庭先を歩くかのごとく迷いがなく、軽い。島の様相が変わる前の、それも主に島内エーテライト周辺で生活が完結していた俺達とは違い、真にゼロから再びこの島を拓いて地図を作り直してきた当人なのだから当然だった。
その冒険者は、道中様々な障害を無視した最短距離を好んだ。油断するとちょっとした崖程度であれば平然と飛び降りて進もうとするので、ルートをもう少しだけ常識的なものに修正させて進んでいる。道中で行く手を阻む魔物や獣が現れるや否や、迂回の素振りさえ見せずに神速で属性補助器を回し、片手で器用に魔道書を構えたと思ったその時には魔法の抜き撃ちなどというわけのわからない技で処理が終わっていた。
戦闘に魔道書を用いる魔法系統といえば、俺の知る限りではエオルゼア海都に本拠を置く巴術くらいのものだが、俺達の周囲に燐光を散らしながら漂う、翅の生えた小さなヒトガタは知識にある巴術の使い魔ではない。問うてみれば、第五星歴の遺失技術だという。研究者でもないというのに、いったいどんな経緯があればそんなものに触れることになるのやら、だ。
そんな冒険者の足が、止まった。
「目的地、あれだよね?」
遠目に見えたのは石造りの小屋。損傷は少ないように思え、気が早くも成果が期待できそうな佇まいである――ただしその手前に、小屋よりもなお背の高い、見上げるほどの獣型の魔物が陣取っていなければ、の話だ。
にわかに緊張を漂わせて冒険者の問いに頷くと、冒険者の方はあくまで軽く、そっかあ、違ってたら楽だったんだけど、などと溜息をついた。
「あれを一人は、流石にちょっと面倒になりそうだね。ま、頑張りますか」
一人は面倒、と言いつつ、だからこの場は偵察に留めて援軍を手配しようとするのではなく、頑張りとやらで何とかすると宣う。
「……本気か?」
「ま、見た感じは多分大丈夫。もし想定外の危険があったらわかるように撤退指示は出すから、自分の身を第一に逃げてね」
その様子には、まるで気負うところはない。であれば、もはや何も言えなかった。
◆
実際、その戦いぶりは見事の一言だった。
足下のおぼつかない雪の上を軽やかに走り回り、細かい動きで翻弄しながら、極めて短い詠唱で攻撃魔法を連発して優勢に立っている。力任せの獣の攻撃をするすると回避する様は、どこか舞踊にも似ていた。
しかし、あくまでそれは癒し手の攻撃魔法である。確かに戦いの天秤はじわりじわりと傾きつつあるが、針の穴を通すような、失敗の許されない動きをずっと続けることは、できるのか?
自分とて一応は魔法学を修めた身であり、護身用の魔具も背負っている。しかしあの場に割って入れば、真っ先に地に伏すのは自分になることは火を見るよりも明らかだった。
ゆえに、ただ物陰から見守ることしかできない。いくら歯痒くとも、それが合理的な正しい態度で、
「――――――――!!!!」
一帯に轟く咆哮で、そんな思考は強制的に断ち切られた。まるで捉えられない相手に業を煮やした獣が、これまでになかった行動をしたのだ。びりびりと体が痺れ、自由にならない感覚まであるのは、声に何らかの魔力が乗っていたのだろうか。
……待て、遠くで隠れていた俺でこうなら、奴はどうなっている?
ようやく痺れが抜けてきた体に鞭を入れ冒険者の方に視線をやると、無防備な身体を太くしなやかな尾の一撃で殴り飛ばされた冒険者が空中高く打ち上げられ、その後当然の帰結として墜落していく様が、ひどくゆっくりと流れる主観時間の中で見えた。
遠くゆえ、音は聞こえない。横たわったまま動かない冒険者の安否もまた、わからない。
見事に獲物を仕留めてみせた獣は、冒険者の方へ悠々と歩いていく。
待て。
それは、駄目だ。
そう思った時にはもう、杖を抜き放って走り出していた。
特級の緊急時だ。連打の効かない虎の子を躊躇なく励起状態にし、間髪を入れず火球を三発生成して矢継ぎ早に撃ち込む。果たして獣は足を止めて振り返り、こちらに興味を示した。
杖を握る手に、自然と力が籠もる。無駄な力みはよくないと理屈では解っているが、正直な身体は受けた威圧感を捌き切れず、俺の制御を離れて強張ってしまう。
それでも有効射程の限界のような位置から放った火球だ、まだ二者の間に距離はある。致命打は与えられなくとも、このまま引き撃ちの要領で誘導しながら引き離し、途中で転移魔法を用いて逃げれば、その間に癒し手である冒険者が回復する時間稼ぎぐらいはできるだろう――奴が生きてさえいれば。
そんな目論見は、獣が改めてこちらに狙いを定め、威嚇するために立ち上がり――その背後から頭部にエーテルの魔炎が炸裂し、そのままその動きと生命を停めたことで霧散した。ぐらり、と重力に引き寄せられて地面に倒れ伏したそれは、もう動かない。
獣の向こう側に立つ冒険者も、動かない。
再び眼前の敵が起き上がらないか、周囲に別の脅威がないかを判じる緊張の糸を切らしていないのだ。そこには確かに、英雄と呼ばれうる歴戦の勇士のまなざしがあった。
殺気にも似た雰囲気に呑まれてしまっていたのはいかばかりか。その時間は冒険者が右手に構えたままだった魔道書を下ろしたことで終わりを告げた。無意識に浅くなっていた呼吸を整えながら、なんとか声を掛ける。
「おい、大丈夫――」
「――なんで出てきたの、馬鹿っ!」
否、掛けようとした声は、その半ばで大きく遮られた。
◆
「馬――おい貴様、その体たらくでよくぞそんな強がりを吐けたものだな」
思いがけず浴びせられた罵倒に頭の芯が熱されていくのを感じながら、雪を蹴破るように大股でずかずかと近づいていく。するとひとつ、わかったことがあった。
立ち姿のシルエットが、おかしい。
より距離を縮めて見れば一目瞭然だった。だらりと垂れ下がった左腕にはまるで力がなく、曲がるべきではない箇所が、曲がるべきではない方向を向いている。顔は半分がべったりと鮮血に塗れているし、息も絶え絶えという言葉の見本にできるほど息遣いが荒い。
身の丈の何倍もの高さを舞うほどに吹き飛ばされ、体勢も整わぬまましたたかに地面に墜ちたのだから当然だ。同じ高所からの落下でも、事前に心身の準備をして崖から飛び降りるのとは話が違う。荷を満載したチョコボ車に撥ねられたとて、あれほどの衝撃は受けるまい。今自らの足で立っていること自体が明らかに異常な重傷ぶりだ。一刻も早く安全な場所に移送して、全力の治療を受けさせるべき容態といえる。
「そんな体たらく……ああ、これ?」
だというのに、目の前の女は不気味なほど速やかに怒気を鎮め、ああそっか、と独り合点などして言い放ってのけた。
「なるほどね、エジカは研究畑だから、あんまりこういう直接戦闘は見慣れてないんだ」
「おい、よくわからん事を言っている場合か、今回の探索は中止に――」
頭を灼きそうな怒りなど、もうどこにもない。医療班の手配、もし自力で転移魔法が使えないほどの危険な状態ならば移送の手順、そんな風に上滑りする思考をどうにか繋ぎ止める一方で心臓は早鐘を打ち、嫌な汗が背中から吹き出している。
「まあ、見ててよ」
狼狽する俺をよそに、周囲を見渡して脅威がないことを確認すると、おもむろに座り込む冒険者。右手にずっと保持していた大判で装飾過多な魔道書を地面に広げ、自由になった手はそのまま自らの体をかき抱くように左肩へ。未だ力の入らない左の腕を無理矢理に動かして、複雑な図案と呪文の描かれたページに指先で触れた。特別性のインクで書かれたそれに通ったエーテルが整調され、癒しの術が発動する。
「――――ッ!!」
術に伴った燐光の中に、声として発せられる寸前のような苦悶の気配を一瞬だけ覗かせて――そして、全てが終わっていた。
「んー、よし、どこも問題なし、と」
関節の可動を確かめるように両腕をぐるぐると回し、立ち上がって二、三度跳ねて見せる。地面に広げられたままの魔道書を拾い上げて腰のホルダーに戻し、水の属性石を握り込んで湿らせた布で乱暴ながら念入りに顔を拭えば、その顔を痛ましく彩っていた出血の残り香すらどこにも感じられなかった。もとより上から幻影を被せているだけの装具類は、仮に損傷があったとしても外見の変化を察することはできない。こうして傷一つなく帰還して期待に応える、常勝不敗の英雄様の出来上がり、というわけだ。
畢竟、こいつにとってはどちらでも大差なかったということなのだろう。的外れな心配をされたことも――傲慢にも助けるつもりでのこのこと足手纏いが現れたせいで回復を待たずして戦闘を継続する羽目になってしてしまったことさえも、こいつの世界にはなんら影響を及ぼさない。及ぼせない。
……いつもそうだ。度を越して規格外な者は、俺のような小人が些事にかかずらっている間に、その前提条件から何から根刮ぎに、こちらを一顧だにせずに、薙ぎ払っていく。その圧倒的な姿が多くの人々を惹き付け、やがて大きなうねりを作ることを、俺達は知っている。
エオルゼアの英雄。
竜詩戦争の英雄。
解放の英雄。
英雄譚を殊の外好んでいた、紅い目をしたかつての知己あたりからしてみれば、目を輝かせるに値する実績だろう。
ふざけるな。
一度は霧散した怒りが、再びふつふつと湧いてくる。
自らが顧みられないことに対して、ではない。このような戦い方が常態化するほどに苛烈な旅路に。それを知らずに無邪気に英雄と持ち上げ、死地に送り出す者に。それを受け入れてしまう目の前の英雄本人に――そして、憤ってみたところで、こいつがそうしなくても済むような代案が提示できるわけでもない自分自身に、である。
かつてあれほど希求した異能の持ち主が、だからこそ過酷な戦いに身を投じていたことを知らぬまま、嫌味すら垂れていた自分が、今になって無性に腹立たしい。
「前線じゃ、これぐらいは結構よくあることだからさ。慣れてくれると助かるかな」
そして、またしてもそんなことを言うのだ。
俺だって、同じような用件で冒険者を雇い、傷を負ったところを見たのは一度や二度ではない。だからこそわかる――そんなはずがない。
あんなものが日常であってたまるか。
押し隠した苦悶の切れ端、その残響が、いやに耳に残っている。
たとえ跡一つ残さず傷を癒せるのだとしても――
痛くないはずが、ないだろうが。
◆
その後の探索はといえば、実に順調であったといえる。バル島の各所でまれに見られる、先程のように凶暴性を増した突然変異個体以外は、野生の本能で強さを感じ取っているのか、冒険者が建物を背に仁王立ちしているだけでむしろ離れていくほどだったからだ。
だからこそ、要らぬことを考える余地が生まれてしまう――我が身を灼きかねない激情を、思い返してしまう。
信じがたいことだが――信じたくもないことだが、ごく自然に言い放った態度と処置の手慣れ具合を見るに、本当にあれはよくあることなのだろう。
あの女は、きっとこれからもあのままだ。国ひとつひっくり返すような戦いの中心に位置する者を、今更掬い上げることなどできようもない。それを止める権利も、止められる道理も、止めうる力も、何人も持ち合わせていない。
そうしてさながら美しい鳥のように、煩わしい地上を省みることなどなく、誰の手も届かない高みへと至るのだろうと、わけもなく確信してしまった。
遥か高み。
そう言葉を飾ったところで、それは全てを置き去りにする断絶と、何が違うというのだ?
「……ご苦労だった。拠点に戻ったら報酬の精算手続きをするから、もう少しだけ待っていろ」
考え事をしていようが、手さえ動かせば滞りなく作業は終わる。建物がかなり原型を留めていただけあって、様々な観測データが書きつけられた数年分の紙資料やノートの束を損壊なく回収できた。これを今後どのように使うかは改めての精査が必要なものの、ひとまずの成果は上々である。
だが、ここからの流れを告げた冒険者から返ってきた言葉は、とうてい看過できるものではなかった。
「別にいいよ? エウレカとかバルデシオン委員会絡みのことなら、もうわたしにとっても他人事ともいえないし」
「自惚れるなよ冒険者」
強いてぴしゃりと、突き放すように言い放った。
この女が、またしても自らをぞんざいに扱ったことだけではなく――
「俺達はいつかバルデシオン委員会を再建する。真っ当な組織構造を持った状態までな。当然それは金払いについても例外はない」
こんこんと、言って聞かせる。
「俺達は今日、冒険者を雇って仕事を依頼し、貴様はそれをやり遂げた。その報酬まで渋るほどに堕ちれば、どのみち再建など夢物語だ。わかったらその迷惑な親切心を引っ込めて、正当な報酬を受け取っていけ」
目の前の冒険者は、珍しく目を白黒させていたのも束の間、どこか慈愛と、そして寂しさのようなものを感じさせる微笑みをその顔に浮かべてみせた。
「そこまで本気なら……うん、ありがたく貰っておこうかな」
その声色は、強いて軽く受け止めたように取り繕いながら、どこか後悔を滲ませたもの。
……ああくそ、違う、そんな顔を見たかったわけでも、そんな声を聞きたかったわけでもない。
その原因は明らかに、俺が強い言葉で拒絶ともとれる物言いをしたせいだ。今まで他人を遠ざけてきた報いか、自然のままに任せるとすぐに俺は間違える。実に度し難い。
差し出された手を払った先がどうなるか、今しがたその片鱗を見たばかりだろうが。
それを許せないと、確かに思った。ならば諦めるな。間違えたなら正せ。今掛けるべき言葉を、改めて探せ。
「……貴様が、他人事でないと思っているのが嘘でも出任せでもないのなら、今後も好きにしろ。忙しければ今日のように依頼を出すし――暇な時なら、茶飲み話のひとつやふたつ、付き合ってやらんでもない」
言葉を探せば探すほど、まるで俺らしくない言い草になったが、羞恥心を意志の力でねじ伏せて言い切る。あまりの似合わなさに、どのように反応されるかを直視できずに視線を逸らしてしまったのは、ひとえに俺の未熟だ。
こいつの仲間は、さぞかし多いことだろう。しかし、ガラフ様が頼った『暁』にしろ、あるいはエオルゼア諸国の指導層にしろ、こいつが英雄の高みに向かうことを後押しこそすれ、それを妨げることはないはずだ。
一方で、俺達は戦いにおいては何一つ助けになることはできない――だが、戦いを終えた後、帰れる場所をひとつ、保っておくぐらいのことはできるだろう。
俺達バルデシオン委員会の今後に、もはや先導する英雄は必要ない。その仕事は既に終わっている。他ならぬ、この冒険者の手によって。
ならば。届かぬものの背を見上げるばかりではなく、同じ目線で、友として――奴を人の輪の中に繋ぎ留める錨の役割は、もはや英雄を必要としないこの島だからこそ、できることだ。
それに意味があるのかはわからない。しかし、せめて貴様がそう望む間ぐらいは、この島を安らげる止まり木とするがいい。
意を決して戻した視線の先には、笑みを浮かべた女がひとり。
そこにもう寂しさはなく、雪解けの芽吹きのような上機嫌を隠そうともしていなかった。
《完》