
後書きとか裏話とか。
2024年9月のPRIMALSのライブでFF14熱が高まり、それまで放置していたコンテンツをやろう! となんとなく選んだエウレカパゴス編で突然沼に落ちました。こんな奴が居るってどうして誰も教えてくれなかったんだ! (言いがかり)
コンプレックスに苦悩し、我慢できずにヒカセンに攻撃的になり、即座に相手の立場を慮って謝罪をするという落ち着かない1イベントでしたが、このイベントにエジカ・ツンジカという男の全てが詰まっていると思っています。大好きです。
エジカ本人は賢人位を取れるだけの優秀さと勤勉さを有しており、対人態度さえ改まれば超優良物件なんじゃないか? という思いつき、そこに触媒として自機が関わることで生じる変化があるといいなという願望と、ヒュダトス編最終選択肢でクルルさんルートを選んだ顛末が本作を書き始める動機となりました。
前述の通りエウレカ後発勢だったわけですが、紅蓮の時点でエジカに「出会っていたことになった」という時間軸の捻れが発生した結果、「ふんわりと楽しんでいたメインクエストのあの時の行動に後から理由がついてくる」という意味不明な体験ができ、それはそれはたいへん楽しいものでした。ありがとうエウレカ。ありがとうPRIMALS。
黄金7.0後タイミング、クルルさんの柔らかい部分に触れた後だからこそちょっと踏み込んで恋バナとかできるかなと思ったのがきっかけ。
蒼天での初登場から人をからかうシーンが散見されるクルルさんですが、いざ自分に矛先が向いた時の防御力は実のところあんまり高くないんじゃないかなと思います。
クルルさんルートの結末は、自機にとっての、そして中の人にとってのはじまりのお話。
エジカはエジカなりの最善を尽くそうとしたわけですが、それを「貸せ、もっといい方法はこうやる」と巻き取って完遂してしまうのがよりによって劇中で劣等感を顕わにしたヒカセンということで、それを見せつけられたエジカの心情を慮るとなかなか無邪気には喜べないな……という味が癖になってしまったのが運の尽き。
表面上めでたしめでたしだけどエジカお前その台詞どんな気持ちで言ってたの?
エジカは自機ではなくクルルさんとくっつける方が自然なのではないか……? と悩みもしましたが、垣間見た過去やエジカとクルルさん両者の態度から「相互に腕は認めているけど恋愛対象としては目無し」と判断しました。あんな態度取ってる時点で少なくとも「クルル→エジカ」が惚れるのはうちの世界線ではナシです。
暁月6.0終了直後、エンディングムービー後に自機は緊急搬送からのしばらく入院、英雄を絶対に死なせまいと奮闘する暁とシャーレアンの総力を上げた治療を受けたという感じになりました (独自設定)
エジカは終末現象が解決したのを見て取った時点で重い腰を上げてオールド・シャーレアン本国へ様子見に渡りましたが、オジカから大まかな経緯とヒカセンの現状を聞いておとなしくバル島へとんぼ返りしています。エウレカストーリーの開幕で船に乗せろとゴネていた彼はもういません。
それがヘタレなのか、丸くなったのか、はたまたヒカセンを信じているが故の行動なのかは、読んでいただいた貴方の心の中に。
漆黒5.3でグ・ラハ・ティアが暁入りした後のお話。
エウレカにおける物資輸送や給食体制の扱いは限りなく捏造ですが、エウレカウェポンストーリーの「ゲロルトが買ってた酒に実は法外な価格が付いていたんだよ」というオチはギャグ描写ではなく意外と適正価格なんじゃないかとか副次的な気づきもありました。あの土地に安定価格で供給できるほど大規模に嗜好品を流通させるのはめちゃくちゃ大変で割に合わない事業だと思う。
中の人の「料理は愛情」解釈は「あんな超大変、かつ"生きている限り"というタイムスケールで人生について回るような行為、仕事でないなら愛とかいう説明不能の行動原理でも付けないとやってられません」です。他人に振る舞う場合は言うに及ばず、ただただ自分のためにやるという方向にしても「ちゃんと自分に飯食わせてやる」とか「ものづくり的な趣味を楽しむ」という意味で自分を大切にしているということで。
自機は中の人の投影ではありません、という方針でやらせて頂いておりますが「精神論だけで飯が美味くなるわけねーだろ知識経験が下地にあってこそだからちゃんと研鑽を積め」という点については作中人物たちと共通の見解を持っています。
紅蓮4.55、BA後漆黒前という狭いタイミングに詰め込むには密度が高いかと思いましたがこうするしかなかった。
というか私はリアタイ勢ではないのですが、この期間のクルルさんバル島で大立ち回りしながら暁の賢人たちのボディ保全してるの? 激務過ぎませんか?
最後の最後で視点人物が変わり、エジカ視点での語りになります。めんどくさい男書くの、たーのしっ! (最悪)
自機サイドのはじまりのお話は1話でやりましたが、エジカサイドのはじまりのお話、あるいは答え合わせという趣。
学ソロや戦ソロで特殊フィールドまとめ狩りなんかをやっていると実際にHPの上下動がたいへん情緒不安定な感じになるのですが、これを傍から見ていると気が気じゃないだろうなというところから着想を得てこのような話運びになりました。正直プレイしている中の人も「よっぽどミスらんと死にはせん」とわかっていつつ結構気が気じゃないなと思いながらやっています。
治療叶わず死んだ実例を数多く見ている自機は「治るならノーダメ」と本気で思っていますし、一方のエジカはそう思わせている環境や経験に憤りを覚えています。
どちらが正しいと言えるものでもないものの、実情を考えるとエジカの方が多少的外れ気味ということになるでしょうか。しかしそうやって代わりに心を痛める奴が居るということそのものが、いつかどうしようもない状況が来た時の救いの糸になりうるのだと思っています。
本当に、本当に久々にお話を書きました。きっとこのイベントがなければ書かないままだったと思います。
頭の中に渦を巻く妄想に形を与える機会をくれた頭割り運営と、拙い作品を読んでくれた貴方に最大級の感謝を。
ありがとうございました。
2025.10.4 cotangent Alpha